会社も人も、育つもの。
「仕事がおもしろい!」と
純粋に言える場づくりを
回転機って何?機械とも無縁の
元サラリーマンが、軽い気持ちで
職人の世界に
社長と回転機との出会い
回転機という機械に初めて触れたのは、27年前。僕は30歳前後でした。
静岡のレコード小売店の社員だったんですが、音楽もデジタル化が進み売り上げが激減。将来に不安を感じ始めた頃に、先代の社長だった義理の父から「跡継ぎがいないから会社を畳もうとしている」と聞きました。「それはもったいない」と言いつつ、内心は「社長になって左うちわで暮らしてやるぜ」くらいのなめた感じで、転職を決めました。
で、いざ入ってみたら、ザ・職人の会社。今でこそ機械を動かすことの大変さや奥深さは身に沁みて感じていますけど、サラリーマンでしかなかった当時は、何をやっているのかさっぱりわからない。
でも、跡継ぎ候補として入った身としては、もう後には引けない状態でした。

ひたすら機械を磨く日々。
「お前はお前の役割を
やっているんだな」と
認めてもらうまで
最初の仕事は”掃除”でした。分解した後の機械はほこりや油で汚れていて、中には泥のようなものが付着していたりするので、それを綺麗にする。
ただ「掃除しとけよ」と言われるだけで、何も教えてはもらえないので、とりあえず、あらゆるところをピカピカにしました。必要箇所だけ掃除するなら10分、長くても1時間で終わるというのに、朝から晩までかけて。
ほかに任せてもらえたのは、日報の記入とか朝礼の司会ですね。技術を持っていなくてもできる仕事全般です。
だから職人というより最初からマネージャーの要素が濃かった。それを数年続け、最終的には職人から「お前はお前の役割をやっているんだな」と認めてもらうことができました。
会社を継続するためには、
若い力が必要。
時代に合わせた、新しい働き方へ

職人の世界に
新しい働き方を
そこからだんだん、自分のやるべきことが見えてきました。協和での常識は世間の非常識なんじゃないか!?というくらい浮世離れした部分は、見直さなければいけないなと。
「見て覚えろ」という指導方法もさることながら、作業記録は全部手書きだし、給与体系は日給月給制で、採用手法も現場で目をつけた人材を引き抜くスタイル。
職人は皆50代60代です。技術を若手に引き継いでいかなくては、遅からず本当に潰れてしまう。
「パソコンなんかやれるかよ」「月給制にしたらみんな働かなくなるぞ」「一般募集で素人を入れるなんてもってのほか」という猛反対の声をどうにか説得して、改革を進めました。
会社に1台のパソコンを置いたところから始まって、休みの取りやすい月給制に変更し、人を募集すると、入社してくれる若手も出てきて。
実は、そのときの新入社員が今では協和の中堅となり、会社の宝物になってくれているんです。

社長の僕だけじゃない。
社員も協力して目指す、
“若手のやる気を
大切にする”仕事場
若手が入るようになってからは、社員全員が働きやすい職場にするにはどうしたらいいかを考えるようになりました。
実は少し前まで、出入りが激しい時期もあったんですよ。辞める理由を聞き出したら、古株の職人からの「言われなくてもわかるだろう」「なんでやらないんだ」といった当たりの強さがつらかったと。
それを中堅の社員に話したら「昔、自分も同じ思いをしていた」と言うんです。「一部の先輩に助けてもらって、なんとか続けられた」と。
上の教え方次第で残る人と辞める人が出てしまう。社長としてそこに気がつかずにいたことを猛省し、新人教育を見直すことにしたんです。
すると、中堅社員が「これをやってくれたら助かる」「ここを教えてあげてほしい」と研修項目を挙げてくれました。「現場で戸惑わないように」と、職人によって呼び方が違う工具の名称をまとめてくれたり。
若手を大事にする会社でありたいという思いから改革を始めたのは僕だけれど、今は、社員たちが自ら「仲間を大事にしたい」という思いを持って、行動するようになってくれた。会社も人も育つんだと実感しているところです。

